秋葉原のJKビジネスとは!オタク文化の歴史でわかる光と闇

      2018/05/08

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「歴史はくり返す」、経済でもファッションでも音楽でも必ずと言って良い程語られる格言です。
これはオタク文化の最先端を行く秋葉原でも同じことが言えて、アニメやゲーム、アイドルなど萌えの世界でも周期的に同じような傾向の流行があって繰り返しています。

本来人は変化を嫌うもので、できれば変わらない場所で同じようなことをしているのが楽で快適だと思うように生きています。
ただ、いろいろなことが複雑にからみあった現代ではそんなことをしていたら「退屈」だという洗脳の上で何か新しい暇つぶしを探しています。
とても抽象的な話に飛んでいますが、ひとつの時代が終わって今後歴史となる秋葉原のJKビジネスについてまとめてみます(‘ω’)ノ

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秋葉原のJKビジネスを理解するときに、覚えていてほしいこと

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秋葉原のJKビジネスを理解する上で最初に理解しなければならないことがあります。それは、なぜ日本でJK(女子高生)がビジネスの対象として成り立つのか?ということです。JKビジネスがなぜ問題になるのかといえば、取引きによってJK(女子高生)が何か犯罪の被害に遭う危険性があるからであって「被害者」がいないのであれば問題にはなりません。

法律が改正されて、18歳から選挙権が認めらることになったので今後未成年の対象も18歳以下になる可能性もありますが、現時点(2018年)では20歳までは未成年となります。

風営法では、18歳以上で高校に通っていない女性でしたら風俗でも働けますし、何の法律違反もありません。秋葉原でJKビジネスが問題になりだす前にも、女子高生と性の問題はあったのでしょうが「ビジネス」が介在して女の子(JK)に多額のお金が渡るようになったことも一つの原因です。

また、秋葉原のJKビジネスに手を出す女の子も普通の子が多かったこともポイントです。

 

秋葉原のオタク文化の歴史について考える

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秋葉原のJKビジネスを理解するには、オタク文化の歴史を知ることが重要です。JKビジネスがなぜ秋葉原で大きな市場となったのかを理解するには、オタク文化との関係を無視してはできません。新宿でも渋谷でも池袋でもなく、秋葉原でJKビジネスが盛り上がった理由があるはずです。

 

⇒秋葉原のオタク文化の歴史を理解するには、次の記事を参考にしていただければと思います。

 

 

JKビジネスの歴史なら秋葉原のオタクに聴け!

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JKビジネスと言ってもジャンルが広いです。JKカフェ、JKリフレ、JK見学、JK占い、JK観光案内、JKコミュニティー、援助交際の仲介、ブルセラショップ、DVD..など現在では違法なものも多いですし、店名や屋号だけ「JK」を使って実際には女子高生がいないお店も多いです。

秋葉原に限らず、日本では女子中高生を買春して逮捕される事件も多く、いわゆる「低年齢の女性好き」な男性が多いとも言われますが日本の歴史的人物や著名人にも年齢の低い女性を妾や妻にしているケースも多いので民族性なのか掘り下げだすと深みにはまるので省略します。

世界的にみても、若い女性を好きな男性が多いのは遺伝子的に子孫を残さなければならず年齢が低い女性の方が妊娠しやすく魅力的に感じるようなDNAがインストールしているのかもしれません。(※あくまでも男性目線からの見解なので不快に思う女性がいらしたらごめんない。)

 

秋葉原のJKビジネス黎明期(1990年代後半から2000年頃)

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秋葉原のJKビジネスのはじまりをピンポイントで特定することは難しいですが、大きな流れのなかでは歴史をつかむことができます。

秋葉原が電子部品やラジオ部品の闇市からパソコン街に変化していった1990年代後半から「ポケベル」が女子高生の間でのコミュニケーションのアイテムとなって不特定多数の男性とも気軽に連絡が取れるようになっています。2000年になって一気にPHSや携帯を女子高生でも持つようになって、一層不特定多数の男性とのコミュニケーションのハードルも下がっています。

それと同時期に、歩行者天国では、過激なコスプレをしたレイヤーのパンチラ撮影会が横行し、「萌え」を悪用して女子高生を売りにした「ブルセラショップ」が流行るようになっています。当時はネット上での規制も弱く、ネットを使えば簡単にマニアックな趣味のお客さんを集められるようになったことが大きいです。ネットが普及する以前にも、マニアックな思考を持つ人はいたのでしょうがコミュニティーの場所も一部スポーツ新聞の広告や成人雑誌に限られていたので閉鎖的な文化ではあったと予想されます。

秋葉原での萌え産業の発展にはいろいろな偶然と地域性が絡んだとは思いますが、「インターネット」が大きな原因のひとつであることは間違いないと個人的には思っています。

秋葉原から近い上野の遊郭街吉原に近いことも面白いつながりです。

 

秋葉原のJKビジネス第1次ブーム(2000年代初めから2008年)

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秋葉原の全盛期と言われる「2000年」以降、秋葉原が大きく変化していったと言えます。1990年代後半から宅八郎がメディアで取り上げられるようになり「オタク」の認知度があがり、パソコンやネットの発展とともに情報の拡散力も飛躍的に伸びました。

 

つづく..

 

秋葉原のJKビジネス第2次ブーム(2012年頃から2016年)

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2011年に歩行者天国が再開されてからの1年後、2012年前後から秋葉原で第二のJKブームが起こっています。より過激になったJKリフレや見学店、JKお散歩など風俗まがいのサービスをするお店が一気に増えて、高架下や秋葉原ケンタの前には「立ちんぼ」と言われるチラシ配りの女の子が姿を見せるようになりました。

 

つづく…

 

秋葉原のJKビジネス終焉と東京オリンピック

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売春の温床として女子高生の補導、規制が厳しくなった2016年で一旦は影を潜めていますが、行き場のないストレスが秋葉原でたまっているような印象も受けます。2020年の東京オリンピックに向けて厳しくなっている法規制の裏で、より見えにくくなる秋葉原の闇の部分には今後も注意が必要です。

つづく..

 

まとめ

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秋葉原のJKビジネスの歴史を知ることによって、パソコンとネットがアキバにもたらした悪影響にも目をそらしてはいけません。

すべての歴史をふくめての2018年秋葉原と考えれば、2020年の東京オリンピックが終わったあとにはまたJKビジネスに近い文化が流行ることも予想されます。それが、リアルなものなのかVRを意識したものなかはわからないですが再び女子高生が秋葉原に戻ってくる日は近い気がしています。

 

歴史を知れば、2020年以降の秋葉原が見えてくる!

 

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本日も最後までご覧いただきましてありがとうございました(‘ω’)ノ

 

仮想通貨が秋葉原のオタク文化に与える影響も今後注目です
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「アキバの歩き方」の運営者。1995年にはじめて秋葉原を訪れて以来、秋葉原に住んだり、お店を出したこともありました。現在は新しい夢の為に奮闘しながら、中立的な立場で秋葉原を見守っています('ω')ノ

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